Jul 06, 2010

CFDは非常に魅力的な

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 県は10日、県産ナシについて、放射性物質含有の調査をした。その結果、セシウム134とセシウム137のいずれも含まれていないことが分かった。11日はアスパラガスとブドウを調べる予定。

8月11日朝刊

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 三次市河内地区特産の「はぶ草茶」づくりが10日、始まった。今月末から同市内のAコープや広島三次ワイナリーなどで、新茶として100グラム入り500円で売り出す。
 はぶ草(波布草)茶は栄養価が高く、香りがよい自然飲料として人気が高い。河内はぶ草グループでは、坂居君枝代表(74)ら9人が計50アールで栽培。会員らは早朝から畑に入って刈り取った後、機械裁断して小文町の加工場に持ち寄り、機械もみ、天日干し、機械煎りの手順で加工、袋詰め作業をした。
 生葉で2・5トンの収量が見込まれ、約800キロの製品に仕上がるという。【小原勝】

8月11日朝刊

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 ◇人間が人間殺した原爆忘れない
 今年4月、福島市から広島市へ避難してきた中手幸子さんは、初めて被爆地・広島で原爆の日を迎えた。車椅子で約2時間、平和記念公園(中区)を回り、原爆の犠牲者の冥福を祈った。
 千葉県出身。脳性小児まひで車椅子生活を送る。80年、福島に移り住み、障害者の自立生活の権利を求める運動を始めた。当時、東京電力福島第1原発は全6機の原子炉で発電が始まり、第2原発の建設も進んでいた。「東京で使う電気を福島で作るのはおかしい」。原発の反対運動に身を投じた。
 震災発生時は、福島第1原発から約60キロの福島市内で暮らしていた。原発で爆発が起き、放射線被害にさらされる危険を感じた。3月19日、介護ヘルパーの女性とともに新潟県へ車で避難したが、寒さが体にこたえた。広島には縁もゆかりもなかったが、「温暖で、放射線被害に理解があるのでは」と考えた。「手足がきかなくても、生きる気持ちがあればどこでも生きられる」との思いもあった。
 現在は西区で暮らす。原爆ドームを見るたびに「人間が人間を殺した証拠。忘れないようにここに置いてある」と感じる。約800キロ離れた福島に思いをはせ、「原発から放射性物質がじわじわ広がっている状況は過酷。せめて子どもたちを避難させてあげたい」と願う。【樋口岳大】

8月11日朝刊

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 ◇南相馬から転居
 早く会いたいよ、みんなの笑顔に−−。東京電力福島第1原発事故の影響で、福島県南相馬市原町区から南区の市営住宅に転居した中学1年生、後藤益澄(ますみ)さん(13)はこの夏、久しぶりに福島に帰った。震災で開かれないままだった母校の小学校の卒業式に出席するためだ。友達の声も笑顔も、変わらないままだった。震災から11日で5カ月。「帰りたい」との思いが涙とともにあふれ出た。
 7月30日、南相馬市立体育館で、同市立原町第一小の卒業式が4カ月遅れで開かれた。学校は原発から約25キロ。緊急時避難準備区域内に入っており、約6・5キロ離れた別の小学校を間借りして授業をしていた。
 卒業生80人には県外に避難したままの生徒もおり、卒業証書を受け取ったのは68人だった。後藤さんは、言えないままだった言葉を友達に伝えようと思って来た。
 地震発生の日は太鼓部の練習のため、学校の体育館にいた。太鼓は3年生の時から続けていた。次の日は合唱部やマーチングバンド部と一緒に、6年生が最後に腕を披露する「さよなら演奏会」が予定されていた。お別れのあいさつで後藤さんは「みんなと練習して楽しかったです」と言うつもりだった。
 しかし、それはかなわなかった。原発事故への不安から、家族で親せきのいる広島へ。新しい土地にも友達はできたし、中学校も楽しい。しかし、福島のことは忘れようがない。父親の孝明さん(48)は、福島の友達の話になると、言葉に詰まる娘を覚えているという。後藤さんは広島でミサンガを手作りしていた。「いつか会える」と信じる友達に渡すためだった。
 式では、友達と再会を果たした。遠い広島から来るとは思わなかったのか、友達は喜んでくれた。「広島は暑くない?」と気遣う言葉は優しかった。後藤さんは久しぶりに会った太鼓部の約15人に言った。「みんなと練習して楽しかった」
 福島には約1週間いた。友達の家で日付が変わる頃まで話し込み、以前と同じようにショッピングセンターで遊んだりもした。持参したミサンガを渡すと、友達は「ありがとう」と言って手首に着けてくれた。
 卒業証書は、友達と福島で過ごした証しになった。「早く戻りたい」。その後の言葉は続かなかった。【中里顕】

8月11日朝刊

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