Feb 02, 2010

自律神経の乱れは、免疫療法

自律神経の乱れは、バランスの乱れを発生させ、女性には皮膚炎や精神的な混乱を引き起こし、場合によっては重篤な症状を引き起こす可能性があります。そのような自律神経の乱れは、免疫療法というものが持つことができます。自律神経免疫療法は、乱れた自律神経を正常に身体のバランスも良くしていこうということです。
癌を宣告するタイミングはとても難しいですね。患者さんの心の整理がつくまで、じっとしてあげたいですね。しかし、されていない時期は来るのです。がんに対する真の認識を持つようにしましょう​​。周りの人間への対応もきちんと行っていきましょう。闘病のきっかけにもこれらはなるでしょう。
 第87回箱根駅伝(1月2、3日=10区間、217・9キロ)史上3校目の学生駅伝年間3冠を狙う早大は往路2位。山上りの5区(23・4キロ)を走った猪俣英希(4年)が1位を明け渡したものの、往路優勝の東洋大との差はV圏内の27秒にとどまり、逆転優勝に望みをつないだ。各校のエースが集まる花の2区(23・2キロ)では、最下位の20位でタスキを受け取った東海大・村沢明伸(2年)が、“史上最高”となる17人抜きを達成。1時間6分52秒で区間賞も獲得し、往路3位に貢献した。

【写真で見る】区間賞の走りをみせた早稲田1区・大迫傑

 頬を伝う涙が、とめどなく流れ続けた。5区で逆転を許した猪俣は、2位でゴールした後に人目もはばからず突っ伏して泣いた。

 「現役最後だと思って、次を考えずに走ったけど…。抜かれたので、なんにも言えないです」

 出雲駅伝、全日本大学駅伝を制し、年間3冠の最後のタイトルを狙う早大は、1区でルーキーの大迫傑(1年)が区間賞を獲得し、主導権を奪うと、4区まで首位を独走。猪俣も急勾配の山道で着実に歩を進めた。だが、2分54秒差の3位でスタートした東洋大の柏原竜二(3年)に16キロ過ぎで逆転され、「(柏原に)並ばれてからは歯が立たなかった」と肩を落とした。

 突然生まれたチャンスだった。これまで箱根の経験はなく、出場が決まったのは区間エントリー発表の2日前。長野の名門・佐久長聖高出身の佐々木寛文(2年)が座骨神経痛で5区を回避し、白羽の矢が立った。

 「ハートの強さにかけた」という渡辺康幸監督(37)の大抜擢(ばってき)に「やります」と即答した。もともと、1日10時間の猛勉強を経て一般受験で早大に入学した苦労人。エリート軍団の競走部では一般受験組は3割以下しかいないが、指揮官は「一般受験組が優勝争いのメンバーに入ることは難しい。それだけ我慢強さがある」と評価していた。

 タイムは区間9位の1時間21分14秒と平凡だったものの、チームは東洋大に逆転圏内の27秒差で往路2位。最後まで粘りの走りを見せた。渡辺監督も「1分差までなら想定内。1時間21分台で走ってくれれば100点と思っていた。うちとしては2位でも満点です」と及第点を与えた。

 卒業後は三菱商事に入社し、競技の第一線からは退く。最後の最後で立った夢舞台は「走っている途中、笑顔で泣いちゃうくらい、すてきな舞台でした」と真っ赤に目を腫らした。「あとは仲間を信じます」。18年ぶりの総合優勝を、最後の瞬間まで信じ抜く。


【関連記事】
早大1区ルーキー大迫、区間賞
失神!号泣!!東洋大、柏原でV3
東海大・村沢、17人抜き!
鎧坂健闘!明大監督「予定通り」
駒大・撹上、ガックリ2区10位


 ◆第87回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝=報知新聞社後援)(3日、神奈川・箱根町─東京・読売新聞旧東京本社前・建て替え中、5区間109・9キロ) 早大が史上最大の大激戦に競り勝ち、史上3校目の大学駅伝3冠を達成した。6区の高野寛基(4年)が東洋大を逆転して首位に浮上すると、7区三田裕介(3年)が広げたリードを守り切り、10時間59分51秒の大会新記録で優勝。2位・東洋大と21秒差の大会史上最も僅差な戦いを、スターぞろいの下級生と“雑草集団”の4年生で制した。

 「あの36秒がなかったら勝ててなかった」。早大の渡辺監督が、いの一番に示した勝因は、出場した4人の4年生の中で初めて駅伝デビューした高野寛基の6区の力走だった。東洋大との一騎打ちで首位を奪い、36秒差で7区につなげたタスキリレーだ。激しいつばぜり合いで、15・5キロ過ぎには凍結した路面に右足を取られて転倒。左ひじ、尻に擦り傷を作りながらも後続につなげた。

 充実戦力の早大だが、チーム内での4年生の立場は肩身の狭いものだった。大学駅伝2冠のレースに出場した4年生は今回の中では5区の猪俣英希だけ。だが、1年・志方文典、2年・佐々木寛文がけがで欠場。最初で最後に意地を見せた高野は「東洋大に勝ちたいという思いで走った。前夜は心臓が破裂しそうなぐらい緊張した」。就寝前には、ふさぎ込む佐々木から頭を下げられ「落ち込むなよ。お前の分まで頑張ってくる」と約束して、路肩に雪が残る山下りに挑んだ。

 本来ならば高野が主将になる予定だった。だが、寝坊や遅刻癖があるため見送りにされ、昨年の夏合宿では初めてBチーム落ち。どん底からはい上がり、9月末に指揮官に「頼む」と6区を託された。そんな“雑草入魂”の走りが後続に連鎖。渡辺監督は「エントリーした4人の4年生全員を起用したことが逆にチームの団結を深めた。箱根には4年生の力が結集しないと勝てないというところがある」と力説した。主将とアンカーの重圧を背負い最終区を21秒差で逃げ切った中島賢士(4年)は「本心は(重圧で)怖かったが、高野の力強い走りに勇気づけられた。自分も最後の最後にキャプテンらしい仕事ができた」と話すと泣いた。

 貴重な「36秒」は、18年ぶり総合V、そして早大初の大学駅伝3冠を呼び込む起爆剤となった。8、9、10の復路3区全てで区間賞を奪い猛追してきた東洋大を総合力で退けた、団結精神は後輩たちの心に響いた。次期主将の八木勇樹(3年)は「みんなの汗が染みこんだタスキの重さを感じた」と話した。魂のタスキは、しっかりと受け継がれる。

 ◆早大競走部 1914年創部。長距離部員は43人。箱根駅伝は今回で80回目(うち総合優勝13回、往路V13回、復路V16回)。全日本大学駅伝優勝5回、出雲駅伝優勝2回。タスキはえんじ色。練習拠点は埼玉・所沢市。主なOBは瀬古利彦(84年ロサンゼルス五輪、88年ソウル五輪男子マラソン代表)ら多数。

 

【関連記事】
早大・佐々木、“山の神”柏原に挑戦状…箱根駅伝
早大・渡辺監督、徹底オーダー隠し!恩師・瀬古さんにも秘密…箱根駅伝
7区3位の日大・井上、箱根から獣医師を目指す…箱根駅伝
第87回東京箱根間往復大学駅伝競走 、 箱根駅伝 、 箱根町 を調べる

Posted at 22:38 in News | WriteBacks (0) | Edit
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.